『鬼滅の刃』は人VS人の戦い!? 人は誰でも鬼になりえる時代があった

『鬼滅の刃』は鬼vs鬼の戦い!? 鬼殺隊から読み解く物語の奥深さ[日本中世史の専門家 解説]

連載終了後も映画化やコラボ商品の発売など、話題がつきない漫画『鬼滅の刃』(『週刊少年ジャンプ』/集英社)。大正時代の日本を舞台としたダークファンタジーで、作中には“鬼”と呼ばれる敵が登場する。しかしこの“鬼”は、元は人間だった存在として描かれている。
漫画と同様に、その昔、日本にも“鬼”と見なされた人たちがいた。日本中世史を専門とする小和田哲男先生に、解説していただこう。

 

鬼とは、社会秩序からはみ出した「元人間」

『鬼滅の刃』は人VS人の戦い!? 人は誰でも鬼になりえる時代があった
現実世界において『鬼滅の刃』に出てくるような異形の鬼が存在したとする確たる証拠は存在しない。それでは現実世界における鬼とは、一体どのような存在だったのか。大きな意味でいえば、鬼とは人間のコントロールを超えた過剰な力や強さ、巨大さ、醜悪さをともなう存在といえるだろう。それは山に棲む獣であったり、疫病であったり、災害だったりしただろう。人々に災いをもたらす人智を超えた観念的な存在が鬼なのだ。

では、人を喰ったりさらったりするなど、具体的な被害報告がある鬼とは誰だったのか。結論からいってしまえば、同じ人間である。ある一方の側から見て自分たちのコミュニティに害を及ぼす者たちを鬼としたのである。

最もわかりやすい例が、土蜘蛛などと呼ばれた、朝廷に従わなかった地方勢力だ。後世になると絵巻などで、蜘蛛の妖怪として描かれたが、実際は紛れもない人間だった。また『清水寺縁起絵巻』には、蝦夷と呼ばれた東北地方の軍勢が鬼のような姿で描かれている。こうした人々は「絶対悪」とはいえない存在だが、鬼として扱われ、一方的に討伐された。

現代の日本のような社会福祉制度が存在しない時代において、社会的弱者は秩序ある村からはじき出され、山中に棲んだり漂泊の民となった。そして中には、強盗や人殺し、人さらいなどを行う犯罪集団になった者もいた。そのような者たちが鬼として蔑まれ恐れられたのだ。

昔話には、鬼が人間を恨んだり憎んだり、あるいは怨恨の念から人間が鬼化した話が数多くある。『鬼滅の刃』に出てくる鬼たちは人を喰らう「絶対悪」的な存在だが、このような社会秩序からはみ出て鬼とされた人々の姿と重なる。

『鬼滅の刃』の鬼も元々は人間だった。ところが、家族愛の欠如や生まれ育った境遇の悪さ、愛する人を失った悲しみなど、さまざまな事情で鬼になった。そこには敵ではあるが思わず感情移入してしまう余地もあり、それが作品の大きな魅力になっている。

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鬼殺隊は“人間のコミュニティに属さない人々”を表している?

朝廷などの権力に従わない集団や社会秩序からはみ出た犯罪者たちが鬼とみなされたことを前述したが、『鬼滅の刃』には鬼以外に社会秩序に属さない者が描かれている。ほかでもない鬼殺隊のグループだ。第4話では鬼殺隊が「政府から正式に認められていない組織」と解説され、第54話では刀を所持している竈門炭治郎(かまど たんじろう)たちを見た駅員が、「警官を呼べ」と叫ぶシーンがある。

また鬼殺隊のメンバーは、鬼となった者たちにもヒケを取らない悲惨な過去を持つ者も少なくない。作中では一般社会で普通の暮らしをしている者が志願して鬼殺隊に入ることは稀なケースになっているのだ。なぜ鬼殺隊が政府非公認で社会秩序からはみ出した者たちの集団とする設定にしたのか。ここに『鬼滅の刃』の物語の深さと魅力のひとつがある。

日本には古くから悪事を働くわけではないが、都市部や村落に属さずに暮らす人々がいた。山地で狩猟する者、製鉄を行う者、薬草を探す者、芸を披露する者など、村落の共同社会とは異なる生業の人々だ。これらの人々は神やもののけのテリトリーとされた山中などに住んだり、各地を渡り歩いたりした漂泊民だったりした。

このような「ご近所さん」ではない特殊な職業を持つ人々は、村落にはない生産物や娯楽などを提供する恵みをもたらす者たちである一方、外部から来た得体の知れない輩「埒外者(らちがいしゃ)」として、時として蔑む対象となった。

主人公・竈門炭沿郎の家は山中にあり炭売りを生業にし、同期の我妻善逸(あがつま ぜんいつ)や嘴平伊之助(はしびら いのすけ)は捨て子、そのほか盲目の人物や忍者、日輪刀をつくる刀鍛冶の里の人々など、町や村のコミュニティに組み込まれていない人々で、鬼殺隊は構成されているのだ。

『鬼滅の刃』に描かれている世界観というのは、人間のコミュニティからはじき出されて悪事を働くようになった「鬼」と、同じく人間のコミュニティに属さないが恵みを与える「埒外者」=鬼殺隊をベースとしているように考えられるのだ。鬼も「埒外者」も、外部の者として蔑まれ、忌避されてきた日本の闇の歴史が『鬼滅の刃』の世界観に隠されているのである。

「普通の人」ではない者は「鬼」とみなされた

鬼殺隊の人々の多くが、「埒外者」としての背景設定がある。「埒外者」の多くは、人間のコミュニティに属せない事情がある。例えば、製鉄を生業とする者は、原料となる砂鉄を採取し尽くしたり、製鉄に不可欠な木炭の原料となる木を伐り尽くすとほかの地へと移動した。芸を生業とする者は、街から街へと移動して日銭を稼いだ。こういった特殊技能を持った人々は、「普通の人」とは異なる者として見られたのである。

日本人は同調圧力が強い国民性があるといわれる。これは、農業主体の産業構成の時代が長かったためだ。狩猟とは異なり、農業では画一的で安定した多くの労働力が必要であり、他者との協調性が重要だ。個性や卓越した能力は求められなかったのだ。何よりも「普通」であることが求められる精神構造が日本の社会のベースにある。

鬼と同じ能力を持つ「柱」は、鬼でも人間でもない存在

『鬼滅の刃』では、鬼は人間が持たない特殊能力・血鬼術を操る。一方、鬼殺隊のメンバーも「呼吸」と呼ばれる特殊能力を用いて、鬼の血鬼術に対抗する。もし鬼と鬼殺隊が同じ姿だったとしたら、どちらが鬼か区別はつかないだろう。

第128話では、「呼吸」を極めると、やがて鬼の紋様と似た痣が発現すると語られている。これは人間の鬼化を示しているともいえる。古典には、山中で修行して特殊能力を取得し、前鬼・後鬼の2体の鬼を使役した役小角や、式神と呼ばれる鬼を使役した陰陽師・安倍晴明など、超能力を持った人物は鬼と近しい存在となっている。

鬼とは人の力を超えた存在であるが、「埒外者」たちや村社会の人々とは異なる能力を持っている人々もまた鬼と同等に見られる存在だったのである。『鬼滅の刃』は人ならざる者=鬼と、やはり「普通の人」とは異なる「鬼に近い人」との戦いなのだ。

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教えてくれたのは……

監修
小和田哲男(おわだ・てつお)先生

【Profile】
1944年、静岡県生まれ。1972年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。2009年3月、静岡大学を定年退職。静岡大学名誉教授。研究分野は、日本中世史。著書に『お江と戦国武将の妻たち』(角川ソフィア文庫)、『呪術と占星の戦国史』(新潮選書)、『黒田如水』『明智光秀・秀満』(ともにミネルヴァ書房)、『名軍師ありて、名将あり』(NHK出版)、『黒田官兵衛 智謀の戦国軍師』(平凡社新書)、『家訓で読む戦国 組織論から人生哲学まで』(NHK出版新書)、『戦国武将の叡智』(中公新書)などがある。

(抜粋)
『鬼滅の刃』は人VS人の戦い!? 人は誰でも鬼になりえる時代があった
書籍『鬼滅の日本史』

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編集:青木康(杜出版株式会社)
執筆協力:青木康、高野勝彦、常井宏平
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WEB編集:FASHION BOX、株式会社エクスライト

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