なぜ『鬼滅の刃』は大ヒットしたのか? 新型コロナウイルスと“鬼”の意外な関係

『鬼滅の刃』が大ヒットしたのはコロナ禍だから!? 日本中世史の専門家が解説

爆発的にヒットした漫画『鬼滅の刃』(『週刊少年ジャンプ』/集英社)。大正時代の日本を舞台に、鬼と鬼狩りたちとの戦いを描いたダークファンタジーだ。そして今年は、新型コロナウイルスも大流行。私たちの暮らしを一変させてしまった。一見すると無関係に思えるこの2つの現象、実は根底でつながっているのかもしれない。『鬼滅の刃』と新型コロナウイルスの意外な関係について、ご紹介しよう。

 

天然痘、麻疹(はしか)、梅毒……日本と疫病の歴史

2019年のアニメ放送をきっかけに『鬼滅の刃』の人気に火がついた理由として、物語の舞台と現代が両方とも「時代のはざま」であった点も見過ごせない。『鬼滅の刃』はアニメの大ヒットで終わらず、2020年にシリーズ累計発行部数が8000万部を突破するなど、さらに爆発的ヒットへとつながった。その一因として、新型コロナウイルスの流行があると考えられる。

2020年、新型コロナウイルスの流行が世界を席巻した。実は疫病と鬼は古くからの深いつながりがあり、『鬼滅の刃』もまた鬼=疫病とする描写が多く見られるのだ。夏に高温多湿となり、冬に低温低湿になる日本ではしばしば疫病が流行した。奈良時代の天然痘(てんねんとう)と思われる天平(てんぴょう)の疫病、平安時代の麻疹(はしか)、江戸時代には梅毒(ばいどく)のほか、疱瘡(ほうそう)・麻疹・疫痢(えきり)・フィラリア症・天然痘などが流行した。さらに幕末にはコレラがたびたび流行し、1858年のコレラによる死者は3万人を数えたといわれる。

このため日本の伝統行事には、疫病を祓うためのものが多い。最も有名なものが2月の節分の豆まきだろう。疫病は鬼がもたらすものと考えられ、節分=「季節を分ける日」、つまり季節の変わり目に鬼を祓って健康を祈願したのである。この節分の豆まきは宮中行事の追儺式(ついなしき)が起源とされる。大きな流行をもたらす疫病の多くは、外国からもたらされた疫病だった。このことから「鬼は外」は外国からもたらされた疫病を国外へと追い出すことを表しているとする説もある。

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鬼は、疫病そのものを表す存在。『鬼滅の刃』ヒットとコロナ流行の時期

赤鬼は天然痘などの疫病にかかり、高温のため顔が赤くなった様子を表しているとする説がある。また死人を想起させる青白い色で描かれることも多い。鬼とは死へと導く恐ろしい存在であり、死人そのものと考えられたのだ。第14話で、鬼の始祖・鬼舞辻無惨(きぶつじ むざん)が酔っ払いに絡まれた際に「青白い顔しやがってよお」「今にも死にそうじゃねえか」といわれ、「病弱に見えるか?」「長く生きられないように見えるか?」「死にそうに見えるか?」と激昂(げきこう)するシーンがある。これは無惨が人間の時に、20歳になる前に死ぬ、といわれるほど病弱だったことに由来する(第127話)。アニメ版『鬼滅の刃』に登場する鬼のほとんどが青白い顔をしていることから、死なない存在=死人そのものであることを表していると考えられる。

なぜ『鬼滅の刃』は大ヒットしたのか? 新型コロナウイルスと“鬼”の意外な関係
新型コロナウイルスの流行/『鬼滅の刃』のシリーズ累計部数の増加は、新型コロナウイルスの流行時期と重なる。

『鬼滅の刃』においても病気と鬼は密接に関係しているのである。新型コロナウイルスに対する潜在的な不安感は、日本人の精神的な土壌として息づいている鬼のイメージと結びついたと考えられる。『鬼滅の刃』の爆発的なヒットは2020年になって加速した。新型コロナウイルスの日本における最初の報道は2019年12月31日のこと。2020年に入り中国・武漢でのパンデミック、2月3日に横浜港に停泊するダイヤモンド・プリンセス号でクラスターが発生、4月7日には緊急事態宣言が発令された。以降、連日新型コロナウイルスに関する報道は続き、それに伴い『鬼滅の刃』の発行部数も増加していったのである。

『鬼滅の刃』は疫病との戦いを描いた物語だった

歴史学者の磯田道史(いそだ・みちふみ)氏は、テレビ番組で、「昔の日本人にとって鬼は祓うものだったが、今の鬼ブームでは鬼は滅びるものとして人気に。鬼に対する捉え方が変わっている」(「所ジャパン」フジテレビ、2020年7月20日放送)と指摘している。

本来、疫病=鬼は破ってもまたやってくる存在であった。そのため、毎年季節の変わり目に節分の豆まきを行い、鬼を祓う必要があった。しかし、20世紀に入ると医療・製薬技術の発展によって、多くの疫病の撲滅・封じ込めに成功してきた。疫病=鬼は、祓うものから撲滅できるものとする意識の変化が起きたのだ。

疫病に対する潜在的な恐怖心は、現代人には希薄だ。むしろ事故や災害などの被害に遭う可能性の方が高い。ほとんどの疫病は撲滅することに成功し、新たな感染症が発見されたとしても、撲滅=滅することができるものとして現代人の多くは捉えている。疫病=鬼は祓っても祓ってもやってくる、潜在的な恐怖心を抱くものから、予防接種や薬によって十分に対処可能なものとして、恐怖の対象ではなくなってきたのである。

ただ新型コロナウイルスについては2020年9月現在、ワクチンは完成しておらず世界的な封じ込めの目処は立っていない。強力な鬼に対して、傷つき、時に死者を出しながら立ち向かう鬼殺隊の姿は、新型コロナウイルスに恐怖しながらも、疫病を撲滅するために懸命に闘ってきた人類の歴史そのものといえるだろう。この新型コロナウイルスへの恐怖感と鬼殺隊への共感と応援こそが、『鬼滅の刃』の大ヒットの大きな要因と考えられる。

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教えてくれたのは……

監修
小和田哲男(おわだ・てつお)先生

【Profile】

1944年、静岡県生まれ。1972年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。2009年3月、静岡大学を定年退職。静岡大学名誉教授。研究分野は、日本中世史。著書に『お江と戦国武将の妻たち』(角川ソフィア文庫)、『呪術と占星の戦国史』(新潮選書)、『黒田如水』『明智光秀・秀満』(ともにミネルヴァ書房)、『名軍師ありて、名将あり』(NHK出版)、『黒田官兵衛 智謀の戦国軍師』(平凡社新書)、『家訓で読む戦国 組織論から人生哲学まで』(NHK出版新書)、『戦国武将の叡智』(中公新書)などがある。

(抜粋)
なぜ『鬼滅の刃』は大ヒットしたのか? 新型コロナウイルスと“鬼”の意外な関係
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編集:青木康(杜出版株式会社)
執筆協力:青木康、高野勝彦、常井宏平
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WEB編集:FASHION BOX、株式会社エクスライト

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