開湯300年以上を誇る、歴史深い鬼怒川温泉。豊かな水をたたえる鬼怒川の流れ、その雄大な渓谷を臨む山紫水明の温泉郷に手工芸作家の堀川波さんが訪れました。
今回の旅人
手工芸作家・イラストレーター 堀川 波さん
本の執筆の他、籐や布小物の制作も行い、ファッションやライフスタイルにもファン多数。近著に『刺し子糸で楽しむ刺繍』(誠文堂新光社)など。
四季折々の自然美が迎えてくれる ”東京の奥座敷”
栃木県の中央を、北から南に流れる鬼怒川の上流域に位置する、鬼怒川温泉。江戸時代に、河原の中に湧き出た温泉を村人が発見し、当時は日光詣の僧侶や大名のみ入湯可能だったのだとか。その後、一般の人々が入れるようになったのは明治時代以降のこと。大型旅館が並び、湯治客が集い、箱根、熱海と並んで「東京の奥座敷」と呼ばれる著名な温泉地に発展、今に至ります。滔々と流れる鬼怒川は変わらぬ姿で旅人を迎え、川橋を渡り、周辺の街並みを歩くだけでも風情たっぷり。「鬼怒川温泉には、子どもの頃訪れた記憶があり、懐かしい! 鬼怒川の雄大な景色は昔のまま」と、堀川波さん。しばらくそぞろ歩きを楽しみます。今回滞在するのは、渓流に面した小高い丘に建つ温泉旅館「界 鬼怒川」。温泉街の中心から一本入り、木立の中を歩くと、栃木の伝統工芸品である大谷石の大きな玄関が迎えてくれます。そこからスロープカーに乗り込み、エントランスホールへ。車窓には深緑の木々が一面に。見上げると少しずつ建物が姿を現し、2分程で到着。別天地のような空間に降り立ち、特別な時間が始まります。
「界 鬼怒川」の中庭。ここを囲むようにパブリックスペースのある建物や宿泊棟が建ち、移動するたびに優しい緑が目に入る。秋には紅葉、冬には雪景色など四季折々の景色が楽しめるそう。写真右側は、木製の組子ドーム。中に入ってゆっくりすることもできる。「到着してから歩くのも楽しいし、湯上がりや朝目覚めてからの景色も清々しくて癒やされます」と堀川さん。
大谷石をあしらったエントランス。ここからスロープカーへ乗り込む。「別世界へ誘われる感じが素敵ですね」と堀川さん。
スロープカーで小高い丘を上がる。ときには野生の動物が姿を現すこともあるそう。
ロビーラウンジからも緑が一望。ドリンクの提供もあり、ゆっくり過ごせる。入り口には益子焼の水琴窟があり、澄んだ音色に心が鎮まる。
益子焼や黒羽藍染……栃木民芸をちりばめた湯の宿
旅館内も栃木ならではの魅力がそこかしこに。客室のテラスには、栃木で古くから使用されていた大谷石が敷かれ、ロビーや廊下などには益子焼が。また、館内の随所に栃木の伝統工芸品である黒羽藍染が飾られ、客室のベッドライナーにも使用されるなど、民藝に縁の深い土地ならではの設えに心がほっこりします。ローベッドとソファを配した客室は、48室すべてが「とちぎ民藝の間」と名付けられ、客室露天付きの部屋も。その土地の風情を存分に味わいながら過ごすことができます。「ひとりでのんびり、ずっと過ごしていたくなる清潔で快適な空間です。部屋に露天が付いているので好きなときに入れるのも贅沢!」と堀川さん。 ひと休みしたら大きな温泉へも。ガラス張りの内湯の向こうに、木々を望む露天風呂が。効能豊かな湯にゆっくり浸かり疲れを癒やしたら、お待ちかねの夕食。目玉は、地元に伝わる龍王峡の龍神伝説からイメージした龍神蒸し(秋冬は鍋)。焼き石に湯をかけ、その蒸気で季節の食材を蒸し上げる料理で、ダイナミック! その他、目にも楽しい季節の特別会席を存分に味わえます。おなかが満たされ後は、益子焼マイスターが益子焼の特徴や歴史、器の楽しみ方を教えてくれる「益子焼ナイト」に参加。その土地の面白さを堪能できる、思い出深い滞在になること、間違いありません。
喧騒を離れた小高い丘に建つ別邸の宿に滞在
テラスに露天風呂が付いた客室。
プライベートな湯浴みを楽しめる。
湯上がり処にはドリンク類の用意も。壁面には黒羽藍染の団扇が。
ロビーラウンジにずらりと並んだ豆皿は「益子焼ナイト」でも利用される。
鬼怒川温泉は「傷は川治、火傷は滝(鬼怒川)」と謳われた名湯。アルカリ性単純温泉で冷え性、疲労回復に効能あり。
夕食の特別会席、ご当地朝食は食事処で。
中庭の通路にも黒羽藍染の灯籠が並ぶ。
益子焼の魅力を楽しく学べる「益子焼ナイト」。益子焼の壺を利用した楽器と笛の演奏も楽しめる。
200年の歴史が染み込む凄み黒羽藍染(くろばねあいぞめ)の工房を訪ねて
歴史を支える若手職人から藍染めの手業を楽しく学ぶ
「界」に滞在するもうひとつの楽しみが、地域の文化を継承する職人、生産者に会い、楽しみながら伝統文化を学べる「手業のひととき」。ここ「界 鬼怒川」では、200年の歴史を持つ、栃木県伝統工芸品・黒羽藍染の工房を訪ねます。手作りが好きな堀川さんも興味津々で参加。訪れたのは、1804年創業の「黒羽藍染紺屋」。小沼雄大さんは、江戸時代からこの地にある藍染めの甕と黒羽藍染めの技を引き継ぐ、ただひとりの職人。デザインから型紙制作、染め上げまで、すべての工程を担っています。まずは、藍染めの歴史と特徴を伺い、小沼さんが多く手掛ける「型染め」のもとになる柄を、小刀で彫っていく作業を体験。細かな手作業に慣れている堀川さんも、その緻密さに驚くほど。その後、通常は足を踏み入れることができない工房へ。連綿と受け継がれてきた藍場(藍甕が並ぶ場所)は、伝統の凄みを感じる迫力が。ここでは、型染めで使用するのりを液状にして、筆などで手ぬぐいに自由に模様を描く「フリ」にチャレンジ。「藍染めの美しさにはあらためて驚きました。間近で見た藍の色、職人さんの技にも感動です」と堀川さん。後日、小沼さんが染めて完成した手ぬぐいが自宅に届くのを楽しみに、工房を後にしました。
教えてくれたのは
黒羽藍染紺屋 八代目 小沼雄大さん
1985年生まれ。江戸川区指定無形文化財・長板中形の技術保持者、松原與七氏に師事。24歳で1804年創業「黒羽藍染紺屋」の八代目に。「自然の染料にしか出せない色合いの魅力を伝えたい」。
① 藍染めの作品となる、いろいろな模様の「型」を見学
実際に型染めに使用している型紙は、新しいものもあれば、昔から大切に引き継がれ、年季の入ったものまでたくさん。市松模様や麻の葉模様などの伝統的な柄はもちろん、小沼さん考案のモダンなものや企業のロゴマークも!
「模様の美しさは、こうするとよくわかりますよ」と、小沼さんが型紙を光にかざすと、繊細な柄が浮かび上がる。
堀川さんが風車柄の型紙に挑戦。
乱れなくひとつひとつの柄を彫るには大変な集中力が必要。「思ったよりも難しい!」と堀川さん。
② 工房で、生地に柄を写すのり付けを体験
小沼さんの工房に入らせていただき、生地に型紙をのせて、のりを塗るのり付けを体験。のりは糠と餅粉を炊いて作る自家製。
実際に使っているへらを借り、持ち方から教わる。やわらかいのりをすくうのも、均等に塗っていくのも難しい!
全体に塗り終えてゆっくり型紙を外していくと柄が布に写っている。のりの量が均等でないと、柄の濃淡にバラツキが出て、美しく仕上がらず売り物にならない。
③ 200年引き継がれてきた藍甕(あいがめ)が並ぶ藍場も拝見
染料である藍をためておく藍甕は、文化・文政の頃、初代の時代からこの地に埋め込み、現代まで引き継がれてきたもの。なんともいえない神聖な空気に圧倒されます。
藍場にも入らせいていただき、小沼さんが染液で染色する様子を見学。美しい本物の藍色に見入る。
工房では、型紙を使わず、筆を使って自由にデザインをする「フリ」という手法を体験。
モダンな模様が! これを小沼さんが染め、後日完成した手ぬぐいが自宅に届く。自分だけのオリジナル作品を作ることができる。
200年の歴史を継ぐ黒羽藍染の若手職人による工房ツアー
開催日時:2024年1月9日、23日、2月6日、20日 宿泊翌日の13:00~15:00(黒羽藍染紺屋に現地集合・解散)料金:1名¥11,000(宿泊料別) 申し込み:公式サイトで4日前まで受付
栃木県・鬼怒川温泉 界 鬼怒川
栃木県日光市鬼怒川温泉滝308 1泊¥31,000~(2名1室利用時1名料金)税・サ込、夕朝食付き【電車】東武鉄道鬼怒川線鬼怒川温泉駅より車で5分 【車】日光宇都宮道路今市ICより約25分☎︎:050-3134-8092(界 予約センター)https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaikinugawa/
information
星野リゾートが運営する温泉旅館ブランド「界」。現在全国22か所に展開し、「王道なのに、あたらしい」をテーマに、快適な和の空間、その地域や季節ならではのおもてなしを用意。地域文化を楽しめる特別なサービスも提供しています。
構成・文/大人のおしゃれ手帖編集部 撮影/白井裕介
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