目の前のものを愛おしむ気持ちが前へ進む追い風になる
日一日ごとに日差しが強くなり、次の季節へと気持ちが急ぐ今日この頃。寒い冬も、自粛の日々も、私たちはいつも「その先」を見つめてきました。人はいつでも、より快いあり方を求めて前を向く。春を待つひととき、俳優・永作博美さんと、健やかな大人のあり方について語り合いました。
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体に明るい色を取り入れよう。より心地いい未来を迎えるために
ビタミンカラーのイエローのシャツ。爽やかなブルーのシャツワンピース。そして、ポップでシックなチェックのブラウス。抜けるように晴れた冬の青空の下、永作博美さんが着る早春のコーディネートが、次々とカメラに収まっていきます。その身にまとった色が目に飛び込むたび、ハッとしたり、ホッとしたり。なんだか体に力が湧いてくるから、不思議です。
「色からは、本当に元気をもらえますよね。服もそうですし、食べ物からも。冬なら、山盛りになったみかんやゆずを見ているだけで幸せな気持ちになるし、冬の澄んだ空の下だと、たとえ葉っぱのなくなった木でも美しく見える。これから春になって、新緑の緑を見るのも楽しみだし、そう思うと私たちって、どの季節からも色を通して活力をもらっているんだなぁと……。これまでは、着たいけど自分には似合わないだろうと思っていた色もありましたが、今はいろんな色と仲よくなれている気がする。世の中にある色の全部と自分自身が、年々、馴染んできているように思えるんです」
外出や行動に自粛や自重を求められる日常を送りながら、どうしても内向きになりがちだった私たち。永作さんもこの間、時間を見つけては身辺の整理に励んでいたといいます。
「いわゆる“断捨離®(*)”を何度もやったので、家の中はだいぶ片付きました。今まで忙しくてできない、家族がいるから散らかっていてもしょうがないと思っていたのに、『なーんだ、やればできるじゃん!』って(笑)。目の前に隙間ができるとスッキリして気持ちがいいし、何より、心が楽になるんですよね」
しかし、その一方で「結局、整理や片付けはいつまでやっても終わらないものなんだということもはっきりしたような気がします」と永作さん。自身の中で起こった繊細な心の変化を伝えるために、ゆっくりと言葉を探ります。
「ちょっと抽象的なんですが、プラスもマイナスも同じに見えてきた……というか。たとえば、ものについてだと、買うことにも捨てることにも、迎えることにもさよならすることにも、等しく同じエネルギーが必要なんだなと思えてきて。暮らしていくこと、生きていくことに終わりがないのと同じように、整理や片付けにもまた終わりがない。大変だ大変だと言いながらも、続けるという持久力がついてきたというのかな。思わぬ事態になって、この先前に進んでいけるんだろうかという心配もたくさんしましたが、進めないことによって進むこともあるんだなと思えるようになりました」
歳月を重ねて大人になり、さまざまな真理を少しずつ悟るたび、解放されていく心。その変化には「自分の中の『欲』の現象が、すごく大きく作用しているような気がする」と、永作さんは続けます。
「年齢が上がると何が楽になるかというと、欲が減る。そうするとどうなるかというと、目の前のものが愛おしく見えてきて、丁寧に暮らしたくなってくるんだなと。その感じが、もしかしたら今は世の中全体にも広がりつつあるのかもしれないと思っています。誰もが気持ちよく、楽に生きられる方向に変化すればいいのだけれど……」
この先、無事にコロナが収まっても「たぶん、前と同じようにはならないですよね」と永作さん。自分の心が求めるもの、そして、世の中が求めるものが変わったあとの世界に思いを馳せると、そこにほのかな希望の光が灯ります。
「これから何がどう変わるんだろう?と、今はドキドキ、ワクワクしている感じ? 自分ひとりの心の中の小さな変化でも、それが大きな方向のひとつになれていたらいいし、それが塊になったとき、世の中がどう動いていくのかということを、心のどこかで楽しみにしているんです」
変化を楽しむために必要な力とは何かーーそのことを実感した瞬間が、最近、仕事の場であったといいます。まもなくNHK BSプレミアムで放送されるドラマ『この花咲くや』の撮影で昨年訪れたのは、永作さんが「なぜか昔から親しみを感じる」という九州の最南端に位置する鹿児島県。桜島に住む女性の役を演じた永作さんは、生きている山の活力を間近で感じながら撮影の日々を送りました。
「煙のような水蒸気がずっと立ち昇っていて、ときどき爆発して灰を降らせるんですよね。その瞬間がいつ訪れるかわからないのに、近くに住む方々は普段どおりに生活していて、『よく爆発するのよね』なんて言い合って淡々としている。その様子を見ていて、なんておおらかなんだろうと。先祖代々受け継いだ覚悟が決まっているせいなのか、腹が据わっているというのか……。側から見れば不安定に見えるものも、その人たちにとっては日常であり、当たり前のことにしてしまえる。経験って偉大だなあと素直に思いました。そんな強さを私も見習えたらいいなぁ、と」
そういえば、以前に訪れた際はゴツゴツした岩山としか見えなかった桜島が、「今回はなぜか、オレンジ色のような、柔らかい茶褐色に見えたんです。すごく優しい山なんだと感じられました」と永作さん。色が心に、心が色に及ぼす影響を、そこでも実感したのだとか。
「鮮やかな色を取り入れたら、気持ちも上向きになれるはず。だから、明るい色の服を着て、季節の色のあるものを食べて……健やかに生きていきたいですね」
*「断捨離(R)」はやましたひでこさん個人の登録商標であり、無断商業利用はできません
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PROFILE/永作博美(ながさく・ひろみ)
1970年茨城県生まれ。90年代からテレビドラマ、映画、舞台に幅広く出演。映画『八日目の蝉』で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受けるなど、表現力が高く評価されている。近年の作品に、ドラマ『半径5メートル』、映画『朝が来る』、舞台『人形の家Part2』などがある。鹿児島発地域ドラマ『この花咲くや』はNHK BSプレミアムで3月16日(水)放送予定。
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photograph:Isao Hashinoki(nomadica)
styling:Junko Okamoto
hair & make-up:Ayumi Takeshita
text:Michiko Otani
(大人のおしゃれ手帖 2022年3月号)
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