[ヨシダナギのココだけの話]フォトグラファー?

[連載(1)ヨシダナギのココだけの話]フォトグラファー?

出典: FASHION BOX

(2020年7月30日 更新)

どうも、こんにちは。フォトグラファーのヨシダナギというモノです。

≪目次≫

※こちらの記事は2016年12月25日に初掲載されました

 

「ヨシダナギのココだけの話」は“誰の何の役にも立たない”コラム連載です

今回は、ご縁があって宝島社さんのニュースサイトでこのコラムを書かせてもらうことになったんですが、最初、「ヨシダさんの生態について、12~13回くらいで連載できませんかね?」という話をもらった時は(なんて物好きな編集者なのだろうか)と、ギョッとした。とはいえ、書いていて眠くなるような難しい文章を書いてくれと言われているわけではないし、自分の生態なんかでよいのであればいくらでも綴ることができるので、お引き受けしてみることに。

ただ、このコラムを誰がどんな心理で読むのか全くもって見当がつかないので、最初に予防線を張っておく。このコラムは“誰の何の役にも立たない”ということを。
特に、ヨシダナギという人間に全く興味がない人にとっては、(WEBの記事だが)ちり紙以下の価値だと思うので、物好きな編集者のためだけに送るつもりで綴らせてもらう。なので、これを読もうとしている物好きな皆様も、暇つぶしに覗き見てやるという温度感で付き合ってもらえると嬉しい。

 

フォトグラファーになりたいと思ったことは、一度もない

メディアに出る機会が急増したこの一年は「なぜ、フォトグラファーになったのか」とか「どうやったらフォトグラファーになれるのか」という質問をよく受けたのだが、ココだけの話、私が“フォトグラファーになりたい!”なんて思ったことは、今も昔も一度もない。というか、幼少期に「マサイ族(アフリカ人)になりたい!」という夢を抱いて、10歳で母親にその夢を打ち砕かれてからというもの、私は具体的な“〇〇になりたい”といった夢を抱くことなく、三十路を迎えてしまった。

ココだけの話、実は(見る人が見ればわかるかもしれないが)私、ただの社会不適合者なのだ。
過去に3回だけアルバイトという形で職業体験をさせてもらったことがあるのだが、2つのアルバイトをそれぞれ2カ月以内でクビになっている。なぜ、クビになったのか当時はわからなかったが、今思えば、中学校を途中でやめてしまった私には協調性と集団行動能力が大きく欠けていたのだろう(今も欠けたままだが)。人と同じことができない、人とうまくやることができない。いわゆる、普通の仕事には絶対につけないタイプのヤツである。基本的に家にこもっていた方が人にも迷惑を掛けず、自分自身も穏やかに過ごせるのだが、ここ1年半はフォトグラファーとして仕事をもらってしまっていることもあり、仕事に行くために満員電車に乗らなくてはならない日もある。長いこと、不特定多数の人との接触を避けていた私は満員電車に乗るといまだに人の熱気にやられて気分が悪くなる。お嬢さまっぽくフラッとするだけならまだマシなのかもしれないが、私の場合はえずく。人の耳元でえずく。我ながら気分の悪い女である。

撮影中のヨシダナギ
出典: FASHION BOX

 

アフリカ人が、私をフォトグラファーにしてくれた

そんな私がなぜ、フォトグラファーになれたのか。
私は、フォトグラファーという職業(肩書)は“アフリカ人から貰ったモノ”だと思っている。
たまたまテレビで見たマサイ族に一目惚れしたのが5歳の頃。幼少期には、黒人に憧れていると周囲に話すと怪訝(けげん)な顔をされることが多かった。同年代の友達はセーラームーンとか仮面ライダーとか、そういうヒーローたちに憧れを持っているのが普通だったからだ。今現在もだが、アフリカというと内戦・汚職・HIVなどよろしくない印象の言葉が常に付きまとう。そんなイメージも手伝って、みんなが憧れるヒーローではなく、黒人になりたいといって憚(はばか)らない私は、変わり者だと思われていたのかもしれない。

ただ、単純に私は自分がカッコいいと思うものを否定されるのが気に食わなかった。
行ったこともない人間が、日本から遠く離れたアフリカをステレオタイプで語る。
それが、なんだか、カチンときた。

だから2009年に初めてアフリカを訪れて以来、現地ではできるだけ、彼らをかっこよく、そして、勇ましく撮影して、その魅力を伝えたいと思った。
でも普段、人と関わることが少ない私には写真を見せて語れる相手がいなかったので、とりあえずブログを開設。そこに不定期で、現地で撮った写真を掲載していった。アフリカにネガティヴな印象を抱いている人の中のアフリカに対するイメージが、少しでも良い方向に変わることを願いつつ。
そんなことを続けていたら幸運にもメディアの方が目をつけてくれて、TV番組に出演することに。番組内では、私を“フォトグラファー/ヨシダナギ”というテロップ入りで紹介している。
「あ、私、フォトグラファーなんだ」
その字幕を見た時に、初めて自分がフォトグラファーであることに気付かされたのだ。

こうして、私はフォトグラファーになった。というか、アフリカ人が私をフォトグラファーにしてくれた。もし、アフリカ人と出会っていなかったら、私は今頃、何度アルバイトをクビになっていたのだろうか。考えるだけで恐ろしい。だから今はもうアフリカに足を向けて眠れない。

 

こんな感じの話を次回以降もチョットずつ、気のおもむくままにさせてもらえたらと思う。
ということで、よろしくおねがいしますね。

 

[連載(2)ヨシダナギのココだけの話]アフリカは「恋人」ではなく「古女房」

[連載(3)ヨシダナギのココだけの話]アフリカでも常に“受け身” ヨシダ流コミュニケーション術

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[連載(5)ヨシダナギのココだけの話]アフリカでの膨大な空き時間の過ごし方

[連載(6)ヨシダナギのココだけの話]カメラに興味がないフォトグラファーの撮影方法 ~前編~

[連載(7)ヨシダナギのココだけの話]カメラに興味がないフォトグラファーの撮影方法 ~後編~

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ヨシダナギ/Profile

ヨシダナギProfile
ヨシダナギ
出典: FASHION BOX

(nagi yoshida)

1986 年生まれ。フォトグラファー。
2009年より単身アフリカへ。以来、独学で写真を学び、アフリカをはじめとする世界中の少数民族を撮影、発表。
唯一無二の色彩と直感的な生き方が評価され、2017年には日経ビジネス誌で「次代を創る100人」、雑誌『Pen』「Penクリエイター・アワード 2017」へ選出。「講談社出版文化賞」写真賞を受賞。
著書に、写真集『SURI COLLECTION』(いろは出版)、写真集『HEROES ヨシダナギBEST作品集』(ライツ社)、紀行本『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』(扶桑社)、エッセイ『ヨシダナギの拾われる力』(CCCメディアハウス)がある。2020年には世界中のドラァグクイーンを被写体とした作品集『DRAGQUEEN ‐No Light, No Queen‐』を発表。
近年は、阿寒湖イコロシアター「ロストカムイ」キービジュアル撮影、山形県「ものづくり」プロモーションのムービーディレクション、タヒチ航空のプロモーションビジュアル撮影など国内外での撮影やディレクションなどを多く手がける。
公式サイト http://nagi-yoshida.com/

Text:ヨシダナギ
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