最近、耳にすることが多い「適応障害」。
職場では不調なのに、プライベートでは元気そうに過ごしていることから、誤解を招きがちな病気です。
もしも同僚や部下が適応障害だと診断されたら、あなたは適切な対応ができるでしょうか?
この記事では、宝島社新書『適応障害の真実』から、適応障害とはどういう病気か、周囲の人はどのように接したらいいかなどをご紹介します。教えてくれるのは、和田秀樹こころと体のクリニック院長を務める、精神科医の和田秀樹先生です。
宝島社新書『適応障害の真実』
会社や学校で「居場所のなさ」を感じる――
【それは適応障害かもしれません 】
職場では憂うつな気分で不調だが、会社を離れれば友達との飲み会にも行けるし、体調も問題ない――。
自分の置かれた環境に適応できないことがストレス要因となり発症する「適応障害」。
本人も周囲も“気づきにくい”のが特徴だ。うつ病と診断されることも多いが、うつ病の治療では完治しない。
本書では、新型コロナで社会環境が激変するなか、患者の増加が予想されるこの病の兆候、対処法、治療法、接し方を精神科医が解説する。
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適応障害の診断基準
適応障害とは、生活のさまざまな場面で生じる日常的なストレスにうまく対処することができずに精神状態や行動面において支障をきたす病気のことをいいます。
厚生労働省は、「気分の変動によって日常生活に支障をきたす病気」を総称して「気分障害」と分類しています。気分障害は厚生労働省の統計上で「うつ病」「双極性障害(躁うつ病)」「気分変調症(軽度の抑うつ状態が慢性的に続くもの)」「その他の気分障害」の4つに分類され、適応障害は「その他の気分障害」に含まれます。
アメリカ精神医学会が2013年に出版したDSM−5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)による分類は厚労省よりも詳細で、適応障害は「心的外傷(トラウマ)およびストレス因関連障害群」の一つとして、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と同じ群に属するものとしています。
PTSDは過度なDVやレイプ犯罪などの命を脅かすような強烈なトラウマ体験がそのきっかけとなるのに対し、適応障害は「自身の置かれた環境に適応できないこと」がストレス要因となり精神および行動の異常が発生している状態をいいます。
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五月病も適応障害の一種
昔からよくいわれる「五月病」も一種の適応障害です。
五月病は正式な病名ではなく、もともとは受験に合格しながら5月のゴールデンウイークを境にして無気力状態に陥ってしまう大学生に対して使われていましたが、近年では社会人に対しても使われるようになりました。
4月の年度替わりで就職や転職、異動など環境の変化が生じ、新しい環境になじめずに不安感や抑圧感が強まった状態のままゴールデンウイークを迎えると職場に対するネガティブなイメージがさらに濃くなってしまいます。これが休み中のリラックスした環境とのギャップによっていっそう際立ち、休み明けには出社することへの抵抗感が生じて心身に不調をきたすようになるのがいわゆる五月病です。
日曜の夕方にテレビアニメの『サザエさん』を見終わると翌朝の出勤のことを思い出して憂うつになるのも、きわめて軽微ではありますが適応障害の入り口のようなものだといえるでしょう。
適応障害は本人の主観的な訴えが主であることから「仮病ではないか」などと誤解を受けることが少なくありません。職場にストレス要因がある人の場合、プライベートでは比較的元気であることから「病気という割に都合がよすぎるのでないか」などと非難されることもあるでしょう。
ストレス要因に近づくと症状が強くなるものの、離れてしまえば症状が治まって楽になるため「会社に行けなくても飲み会や旅行には行ける」ということも多々あります。
適応障害によって生じる「うつ状態」は、根本のところで「うつ病」とは異なるものですが、メンタルヘルスに詳しくない人だと同じように受け取ってしまって、そこで誤解が生じてしまうこともあります。
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同僚が適応障害になった時には……
会社の同僚が、職場では極端に元気がなくなって退社後とのギャップが大きすぎるのであれば、適応障害が疑われます。
こうした時に、その相手に対してどのような態度を取るべきかという問題もあるでしょう。
その場合、腫れ物に触るように接するのは逆効果です。
適応障害の人は、本人としては「環境に適応しなければいけない」と思っていることがストレス要因となって発症するケースが多いわけですから、その人が職場に適応できるようになるきっかけをつくるためにも、まずは話を聞いてみるのがよいでしょう。
適応障害は職場でだけだるそうにしていて家に帰ると元気だったりするために、サボりとか単なる我がままのようにも思われがちです。
しかし、その実態は真逆で、むしろ仕事に対して真面目で思い詰めてしまっている場合が多いのです。
ですから実際に話してみると「自分が会社で役に立っていない」「うまくいっていない」などの悩みを抱えているケースは多く、そんな精神状態の人に話しかけることは悩みを解決する糸口になることもあるのです。
ただし話しかける場合には、「もっと楽に考えればいい」「休んだって構わない」などと相手の「怠けている」ように見える症状を肯定する方向性を心掛けなければいけません。「甘えるな」「もっと頑張れ」というようなことは本人が一番悩んでいる部分ですから、それを強調したのでは余計に状況が悪化しかねません。
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管理職に精神疾患の知識は必須
今回の本『適応障害の真実』は適応障害の人やその予備軍の人たちに向けたものではありますが、企業の管理職の人たちにもぜひ読んでもらいたい。適応障害は一時期、「新型うつ病」と呼ばれていたように、本物のうつ病とは違って家に帰ってからは元気だったりもします。そのために「うつ病ではないけれどもうつ症状が見られる」などといわれますが、だからといって「適応障害はうつ病よりも軽い病気」と考えるのは間違いです。
適応障害になった人の一番大きな問題として、自殺企図や自殺遂行の危険性がうつ病患者と同様に高くなると考えられているからです。
適応障害になる人は、もともと生真面目で自分に厳しく、また「かくあるべし思考」が強いために、多少つらくても「会社へ行かなければならない」と我慢して会社へ行く傾向が見られます。「かくあるべし思考」が強い人が適応障害になると、本人の抱いている自分の理想の姿になることができない自分自身に対し「ダメな人間だ」「会社の邪魔になっている」などと悲観し、激しく落ち込んでしまいます。適応障害の人は、プライベートでは比較的元気な場合が多いものの、会社へ行くと不調になる。だから自分のことを自分で責めてしまうし、自分が働きすぎだとは思っていないため、本当は過重なストレスに苦しんでいることに気づいていません。
その結果、本人にサボるつもりはなくても、結果的に職場では不調になりサボった形になってしまう。そのような理想と現実のギャップに苦しんで自殺に至ってしまうことがあるのです。
うつ病のようにずっと不調が続くのはもちろん大変苦しいことですが、適応障害のように会社でだけ不調になるというのも普段とのギャップが大きく、また本人としては「なんとか会社でもうまくやりたい」という思いが強いだけに、これもまた苦しいものなのです。
適応障害型自殺に近いものに「9月1日症候群」があります。
これは夏休みが終わって新学期の始まる9月1日の前後に、中高生の自殺が一番多くなることを指したものです。
夏休み中は元気に過ごしていても、いざ学校へ行くことを思うと人間関係があまりにつらい。そうして思い悩んだ末に適応障害を起こしてうつ症状となり、最悪の場合には自殺に至ってしまうというものです。
企業側に立ってみても、適応障害やうつ病の従業員には、会社を休んでもらったほうがいいに決まっています。
従業員の自殺となるとマスコミ関係にバレた時にはどのような内容で、どれほど叩かれるかわかりません。自殺者を出した企業には労働基準監督署が査察に入り、社内の労働環境を入念に調べられます。そうして改善指導を受け、以後は労基の監視対象とされることもあり得ます。自殺者が出たことで周囲の社員に与える悪影響も大きい。同僚の自殺は社員たちの士気を削ぐことになり、会社の生産性が大きく下がったりもします。最悪の場合は「アイツも死んだのだから」と自殺の連鎖が起こるおそれもあります。
そうしてみると、やはりメンタルヘルスを学ぶことは今の管理職にとって一つの重要な責務といえるでしょう。自殺者を出してしまえば人道的な責任はもちろんのこと、会社員としても大きく減点されることになります。
これからの管理職にとって、適応障害やうつ病など精神疾患についての知識を得ることは必須条件といえます。
教えてくれたのは......和田秀樹(わだ ひでき)
【PROFILE】
精神科医。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師などを経て、国際医療福祉大学心理学科教授。受験アドバイザーとしても著名で、27歳のときに執筆した『受験は要領』がベストセラーとなり、緑鐵受験指導ゼミナールを創業。また、映画監督としても活躍しており、2008年に公開された『受験のシンデレラ』はモナコ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞。最新の監督作品は『東京ワイン会ピープル』(2019年)。著書に『70歳が老化の分かれ道』 (詩想社新書)など多数。
(抜粋)
宝島社新書『適応障害の真実』
会社や学校で「居場所のなさ」を感じる――
【それは適応障害かもしれません 】
職場では憂うつな気分で不調だが、会社を離れれば友達との飲み会にも行けるし、体調も問題ない――。
自分の置かれた環境に適応できないことがストレス要因となり発症する「適応障害」。
本人も周囲も“気づきにくい”のが特徴だ。うつ病と診断されることも多いが、うつ病の治療では完治しない。
本書では、新型コロナで社会環境が激変するなか、患者の増加が予想されるこの病の兆候、対処法、治療法、接し方を精神科医が解説する。
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